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ことし最後の日をむかえた。やれ大掃除だ、それ年賀状だ、と気ばかり焦って、ちっともはかどらない。それでも、どうやら年は越せそうだ。ありがたい。
终于迎来了今年的最后一天。大扫除啊,写贺年卡啊,让人担心焦急,新年的准备工作一点也不顺利。即便如此,新年还是要快要到了。值得庆祝啊。
江戸から明治時代にかけて、年の瀬は厳しいものだった。つけ払いの代金をとり立てる「掛け取り」に追われる庶民の話の何と多いことか。馬子唄(まごうた)で「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ」とくれば、結びは「大井川」だ。だが、もとは「大(おお)晦日(みそか)」だったという。
从江户到明治时期,年末都是很严峻的时候。被强迫支付欠款‘追缴赊帐金’的庶民的故事是何其多啊。在民谣中“骑马翻越距箱根八里之地,但无法翻越的是……”,接下去的“大井川”。可是,据说原来是说(即使能一直拖欠着,也拖不过)“除夕夜”。
馬子×唄 まご‐うた:民謡の分類の一。馬子や博労(ばくろう)が馬をひきながらうたう歌。馬方(うまかた)唄。馬方節。
そんな大みそかに大団円を迎えるのが、落語『芝浜』だ。怠け者の魚屋が大金の入った財布を拾い、浮かれてどんちゃん騒ぎをする。ところが一夜明けて、女房から財布なんぞ知らない、夢だよと言われてしまう。それを真に受け、改心した魚屋は酒を断ち、仕事に励む。そして3年目に財布の存在を明かされて……。
迎来那样的除夕夜大团圆的是落语中的‘芝浜’这一故事。它讲述了一个懒惰的卖鱼人捡到了一个装有许多钱的钱包,他非常兴奋去大肆玩闹了一番。可是第二天醒来,和他妻子说这事情,他妻子说根本没有钱包这回事,说他是做了一场梦而已。接受了这个事实后,洗心革面的卖鱼人戒了酒,努力工作。然后在3年后知道了那个钱包是确实存在的……
痛飲して、記憶が途切れたことのある身には、宿酔の朝に、夢だよと突き放される場面が切ない。まさか、そんな、とほほ。不覚にも、そんな経験をお持ちの方もおられよう。ただ、目ざめたくない夢など、そうめったに見られるものではない。
对于畅快的饮酒后记忆不复存在的人来说,在宿醉的第二天,被告知以为发生的事情只不过是一场梦,是完全没有关系的情况的话,那是相当痛苦的。心里想着怎么可能,会有那样的事。即使大家没有意识到,但有过这种经验的人应该也是有的吧。而且,那些让人不想睁开眼睛的美梦,也并不少吧。
それに比べて、ことしも悪い夢としか思えないような惨事が、世にあふれた。親がわが子をあやめる。いじめを苦にした自殺や、飲酒運転の事故も続発した。イラクのフセイン元大統領が処刑されたが、現地での死者は増え続けるのではないか。
与那相比,今年到处都发生了看来只能认为是噩梦的悲惨之事。父母亲亲手杀了孩子。因为被欺侮而痛苦自杀,以及酒后驾车的事故时有发生。伊拉克的原总统萨达姆虽然是被处以了绞刑,但当地的死亡人数不还是在不断上升吗?
こよい、除夜の鐘が聞こえたら、耳を澄ましてみる。忘れてしまいたい思い出と、忘れてはならぬ記憶が、胸の中に降り積もるに違いない。そして、年が改まる。
今天晚上,如果你去听除夕之夜的钟声的话,请试着集中精神去倾听。无论是希望去忘记的回忆,还是无法磨灭的记忆,都是会沉淀在心中的。然后,就又是新的一年了。