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飼っていた猫が死んだとき、物理学者の寺田寅彦は詞を書き、曲も付けて童謡をつくった。「三毛のお墓に雪がふる/こんこん小窓に雪がふる/炬燵布団(こたつぶとん)の紅も/三毛がいないでさびしいな」
饲养的猫死的时候,物理学者的寺田寅彦作词写曲,创作了一首童谣。“三毛的墓上飘着雪/望着窗外飘着的雪花/被炉的被褥依旧是红色/三毛不在实在是寂寞啊。”
甘い感傷を享楽できるのはなぜだろう、と寅彦は考えた。人間と違って、猫との思い出には「いささかも苦々しさのあと味がない」からだと思う。それは「彼らが生きている間に物を言わなかったためであろう」と随筆につづっている。
寅彦思考,为何能够享受这种甘甜的伤感呢?因为这和人不一样,对于猫的思念中“没有一丝苦涩的余味”。他在随笔中写道:“这也许是因为它们在身边的时候没有说过话吧。”
寅彦に愛された猫は幸せだったろう。だが物言わぬままガス室に送られる多くの犬や猫を思うと、苦い後味ばかり残る。救出劇で有名になった徳島市の「崖(がけ)っぷち犬」は引き取り手も決まり、まずは一件落着となった。しかし一つの美談に隠れるように、全国で犬9万匹、猫24万匹(04年度)が命を絶たれている。
寅彦所爱的猫儿是幸福的吧。但是,笔者联想到连话语都没有说就被送到煤气室的众多犬只和猫,心中尽是苦涩的滋味。因为救出剧而闻名的德岛市的“边缘之犬”的负责人已经确定,总算是落实了一件事情。但是,放佛事隐藏了一个美谈一样,全国9万只犬,24万只猫(04年)的生命被结束了。
米のセントルイスで4年前、奇跡的な出来事があった。動物管理センターのガス室に入れられた犬が、処置後に扉を開けると、なぜか元気に生きていたのだ。他の7匹は死んでいた。その犬だけが立ってしっぽを振っていた。
美国的圣路易斯在4年前,发生了一件奇迹的事情。被送进动物管理中心的煤气室中的犬只,当处理完毕后打开门,发现它不知为何还健康地活着。其他七只都死亡了。唯有那只犬站着摇动着尾巴。
「再び扉を閉めて殺す気にはとてもなれなかった」と、取材した電話に担当者は言った。同じ町で、捨てられた動物の保護施設を運営する男性は「身勝手な人間への動物からのメッセージとしか思えない」と涙ぐんでいた。
电话采访中的负责人说到:“实在无法再关闭门杀它一次。”在同一个城市,负责被抛弃的动物的保护设施的工作人员边流泪边说到:“这支能够理解为是动物向自私的人类传达的信息。”
寅彦の猫は、あるとき4匹の子を産んだ。手を尽くして、それぞれがもらわれていったあと、寅彦は「娘を嫁がせた父」のような感慨にふける。良き思い出を残すには、責任も欠かせないのである。
有时候寅彦的猫儿生了4只小猫。想尽办法,将其各自送给他人之后,寅彦有种自己是“出嫁女儿的父亲”的感慨。为了留下美好的记忆,责任是无法避免的。