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石川啄木は小樽で新聞記者をしていたとき、「浦塩(ウラジオ)特信」という記事を書いた。1907年(明治40年)秋、ロシア・ウラジオストクの現地事情を報告した一文である
石川啄木在小樽当新闻记者时,曾写过一篇叫《浦塩特讯》的报道。该文报道了1907年(明治40年)秋、俄国浦塩斯德当地发生的事情。
取材はしていない。当時の日記にいわく、「諸新聞より切り抜きたる材料により『浦塩特信』なるものを書けり。新聞記者とは罪な業なるかな」(角川文庫「啄木日記」)
关于该报道石川并没有进行任何采访。当时他的日记说:“根据从各报剪下的材料,写了题为《浦塩特讯》的报道。新闻记者,可谓罪恶的职业也!”
おのが独創に揺るがぬ自信をもつ自尊心の塊であった人が、盗用の仕事になじめるはずもない。日記の独白は嘆きの吐息でもあったろう。100年前の記者はむちゃをしたものだと笑ってもいられない
一个坚信自己具有独创性的、自尊心极强的人,他是不可能适应剽窃行为的。因此,他的日记独白也是一种悲哀的叹息吧。也不可嘲笑他这个100年前的記者是胡作非为的。
山梨日日新聞は他紙の社説を何度も盗用していた前論説委員長を懲戒解雇し、社長が辞意を表明した。朝日新聞でも記者の記事盗用で編集局長が更迭されたばかりである。嘆きの吐息はいまも絶えない
山梨日日新聞社以懲戒处分解雇了多次剽窃其他报刊社论的前评论员長,社长也表示了辞职之意。朝日新聞社也因记者报道的剽窃问题,刚刚撤换了编辑局局长。悲哀的叹息至今仍不绝于耳。
「名誉を盗むことはできる/だが誇りを盗むことはできない」。谷川俊太郎さんの詩「盗む」の一節である。露見する、しないの以前に、盗用は盗用したその人の誇りを傷つける。傷ついて痛いと感じる誇りを失えば、「罪な業」までは一またぎの距離だろう
“荣誉之名可以窃取/而自豪之感不能盗得。”这是谷川俊太郎的诗歌《盗取》的一节。在败露、不败露之前,剽窃先会伤害剽窃者的自豪感。如果失去了挫伤后便会感到疼痛的自豪感,那么,这离“罪恶的职业”就只有一步之遥了吧。
誇りとは厄介なもので、足りなければ困り、多すぎれば臭気が周囲に嫌われる。胸に固く錠をおろし、しかし量だけは有り余るほどに保管しておきたいものだと、自戒をこめて思う。
自豪感真是麻烦的东西,不足则自感痛苦,过多则臭气熏人。但愿加固心锁,把份量足够的自豪感严加保管——我如是想,并以此为戒。