雑誌「暮しの手帖」にそのアンケート結果が載ったのは1962年(昭和37年)の12月である。全国の小学6年生、1500人に「将来、就きたい職業」を聞いた杂志《生活手册》是在1962年(昭和37年)12月刊登了那次问卷调查结果的。即,就“将来想做什么工作”这一问题,询问了全国1500名小学六年级学生。
男子の第1位はプロ野球選手でも、パイロットでもなく、「サラリーマン」だった。映画の影響も多少はあったかも知れない。この年の夏、植木等さん主演の「ニッポン無責任時代」が封切られている男生最想做的不是职业棒球选手,也不是飞行员,而是“上班族”。也许这多少也受到电影的影响。那年夏天,植木等主演的影片《日本无责任时代》首次上映。
誇張して描かれた「気楽な稼業」ぶりもさることながら、はじけるような高度成長期の空気を体現した植木さんの野放図な明るさと、身にまとう都会の香りは子供たちの目にまぶしく映ったことだろう夸张地刻画的“上班族职业的轻松”情形,这当然就不用说了,但是不仅如此,体现爆发性经济高度成长期氛围的植木豪放不拘的快乐以及他身上洋溢的城市温馨气息,在孩子们看来,也是美妙的吧。
“無責任男”で一世を風靡(ふうび)し、「スーダラ節」が売れに売れても、まじめ一徹の人は役柄と自身の落差に戸惑ってもいたらしい。同じコメディアン、渥美清さんの映画「拝啓天皇陛下様」を見た植木さんの感想を、作家の小林信彦さんが著書に書き留めている
以“无责任男人”风靡一世,《首陀羅小调》又一再畅销,但他这个认真执着的人似乎对自己扮演的角色与自身性格之间的反差也感到无可适从。作家小林信彦在他的著作里写下了植木观看同是喜剧演员的渥美清扮演的电影《天皇陛下御启》之后的感想。
「渥美ちゃんのは芸術ですよ。ぼくの映画はマンガですね」(新潮文庫「日本の喜劇人」)。そのマンガの中で出会う笑顔に、生きることに追われた当時の人々がどれほど励まされ、慰められたことか
“渥美他那是艺术,我的电影是漫画呢”(选自新潮文庫出版的《日本喜劇演员》、小林信彦著)。那漫画中出现的笑容,是怎样地鼓励并慰籍了当时为生活奔波的人们啊。
アンケートの小学生も、定年のゴールが見えてくる年ごろだろう。植木さんが80歳で逝った。子供たちに与えた夢の行く末を、あらかた見届けたかのように。
当时接受问卷调查的小学生,现在已是即将走到退休终点的年龄了吧。植木去世了,享年80岁。好像他已经基本看到自己带给孩子们的梦想何去何从似的。
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