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今年も、暑さが極みに達する時節となった。いつも、今時分に取り出して眺める絵がある。江戸狩野派系の画家、久隅守景(くすみもりかげ)の「納涼図屏風(びょうぶ)」だ。本物は国宝で、東京・上野の東京国立博物館の蔵にあるが、古い雑誌から切り取った手元の絵からでも、涼味の一端は伝わってくる。
今年最炎热的时期也已经到了。每当此时,总有一幅能让我取出欣赏的画。这是江户狩野派系画家、久隅守景的作品“纳凉图屏风”。其真品是国宝,收藏于上野東京国立博物館。虽说是取自老杂志上现成的画,却同样传递出了一丝清凉。
つるを伸ばした夕顔をはわせた棚が、横に長く描かれている。棚の下には、地べたに敷いたござのような敷物でくつろぐ親子3人の姿がある。一日の仕事が終わったころなのだろう。夫は肌着をまとい、腹ばいになってほおづえをついている。そばに腰巻き姿の妻が座り、ふたりの間から童子の顔がのぞいている。
じべた:土地の表面。地面のくだけた言い方。「―に寝ころぶ」
腹ばい:腹を地面につけてはうこと。また、腹を下にして横になること。「―になる」
腰巻き:女性の和装用の肌着。腰から脚部にかけてまとう布。湯文字(ゆもじ)。二布(ふたの)。
画面の上半分に空が広がり、左手には、おぼろな月が浮かんでいる。親子の顔の向きはほぼ同じで、一緒に月を眺めているようにも見える。天と地と人が、とけあっているかのようだ。
画面上半部分是一望无际的天空,在其左侧悬挂着一轮朦胧的月亮。父母孩子的脸几乎都朝着同一方向,看似在一同远眺着月亮。(此时,)天、地、人似乎都融为了一体。
質素とも粗末とも言える暮らし向きだが、飾りもののない簡素な図が、涼やかさを運んでくる。現代の暮らしは、人工的な物に密に取り囲まれているから、素朴でのびやかな空間に心引かれるのだろうか。都会では、日差しをさえぎる夕顔の棚をつくれるような庭などは、かなりぜいたくな部類だろう。
のびやか:心が穏やかで生き生きしているさま。「―な声」「―な性質」
考究也好简单也罢,这生活的方方面面,在毫无修饰、简简单单的绘图中,将凉爽传递给了我们。在现代生活中,我们总是被密密地包围在人工的物事中,(所以)我们应该会被这种质朴舒展的空间所吸引吧!在都市里,拥有为遮阳而搭盖的月亮花大棚的庭院,此类种种或许已属于相当奢侈的事吧!
近年、打ち水で少しでも都会の熱をさまそうという運動が広がっている。夕顔の棚はなくとも、風呂の残り湯などで水を打てば、街を冷やす効果とは別に、心にも涼しさをもたらすかも知れない。
今年,通过洒水方式而使城市多少能够降温的方法广为流行。即使没有月亮花的大棚,用洗澡用过的水洒一洒,虽说令街道降温的效果并不是特别显著,但或许也能给我们的内心带来丝丝凉意吧。
国宝の夕顔棚の納涼図屏風は、8月2日から9月11日まで、東京国立博物館の平常展で一般に公開されるという。
据说这幅国宝“夕顔棚的納涼図屏风”,将于8月2日至9月11日,在東京国立博物館的平常展中向公众展示。
翻译小记:
今年的温度实在是高得很,连日来气温都保持在37度上下。而我更喜欢自然的味道,所以宁愿汗流浃背也极少去孵空调。人并没有特别很特别的感受,只是有时会因为翻译找不出合适词句时,才有一点烦躁。
其实季节虽然存在于现实生活中,但我认为它更多的是存在于我们的内心之中。所以在冬天里,我一样可以穿着短袖而运动得“全身沸腾”。
的的确确我们居住的环境更多的是人工的成分。我想这并不可悲,可悲的是我们竟然没能意识到这点,可悲的是我们对于这一切早已熟悉而淡然。
明天,就要去远行了。去感受另一番人工或者另一番大自然。要暂别天天相伴的这些栏目,心里还真有些不舍……