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编集手帐(2007-05-25)-追忆“昭和歌姬”

来源:沪江部落 |  时间:2007-05-26 |  作者:心香 |  [    ]  浏览:2460  [收藏]  [划词   ]
编辑点评:追忆“昭和歌姬”— 美空云雀
美空ひばりさん晩年の名曲「みだれ髪」のレコーディングは1987年(昭和62年)の秋である。上々の仕上がりで、立ち会った作曲の船村徹、作詞の星野哲郎両氏は夜の町に出て祝杯をあげた

美空云雀晩年的名曲《乱发》是在1987年(昭和62年)秋天灌制成唱片的。圆满结束后,参与制作的作曲者船村徹和作詞者星野哲郎两位先生,夜晚来到街上,喝酒庆祝。

祝杯なのに星野さんが妙に落ち込んでいる。「きょう、ひばりちゃんに馬鹿(ばか)なことを言ってしまった」という。ひばりちゃん、あなた、歌、うまいね…。先日、船村さんにうかがった回想談である

本是来庆祝的,但很奇怪星野的情绪却十分低落。据云,他“今天不小心对云雀说了一句蠢话”—— 云雀,你的歌唱得真好啊……。这是前些日子,我采访船村时他的回忆谈。

当時すでに体を病魔に侵されていたひばりさんは、それから2年を待たずに亡くなる。「昭和の歌姫」の歌唱力は知り尽くしている星野さんにして、思わずそう口走るほどに、消えゆく命の限りを尽くした絶唱であったのだろう

当时云雀已是病魔缠身,此后不到两年就离开人世了。星野十分清楚这位“昭和歌女”的歌声魅力,连他也情不自禁地脱口赞美,想必《乱发》是她耗尽行将消逝的有限生命而完成的绝唱吧。

ひばりさんは1937年(昭和12年)の5月29日、横浜に生まれた。まもなく生誕70年を迎える――と書きかけて、筆が止まる。元気であればまだ70歳、早すぎる死がいまさらながら惜しまれてならない

云雀1937年(昭和12年)5月29日生于横浜。再过几天,就是她诞辰70周年了——写到这里,我搁笔沉思。她若还健在,也才70岁,她的英年早逝至今仍令人感到十分可惜。

敗戦の焼け跡に彗星(すいせい)のように降り立ち、元号が平成に変わった年、昭和の行く末を見届けたかのように52歳で逝った。戦後の日本人を励ますために生まれてきたような人である

犹如彗星降临战败的废墟,在年号改为平成的那年,仿佛见证了昭和的结局似的,她逝世了,享年52岁。好象她是为鼓励戦後的日本人而生的。

「悲しき口笛」「東京キッド」「リンゴ追分」「港町十三番地」「悲しい酒」…。その歌声を聴きながら昭和の記憶をたどっては、「やっぱり、うまいね」と独りつぶやく夜もいい。

《悲伤的口哨》、《东京仔》、《苹果咏叹调》、《港城十三番地》、《悲情酒》……夜晚,听着这些歌曲,回忆昭和的往事,心中喃喃自语“果然唱得很好啊”,不亦乐乎!

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