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40年も前の夏のことである。太宰治の作を次々に読んで、その世界にひたりかけていた。しかしある日、地方での疎開生活から終戦後の東京に戻った「私」が、「何の事も無い相変らずの『東京生活』」と述べるくだりでつまずいた。
太宰治(だざいおさむ )
[(1909~1948)]小説家。青森の生まれ。本名、津島修治。井伏鱒二に師事。自虐的、反俗的な作品を多く発表。玉川上水で自殺。作「津軽」「斜陽」「人間失格」など。
そかい[0]【疎開】―する
空襲などに備えて、都市に集中している住民が地方に引っ越しすること。
(一)〈なにニ―〉 歩く時、足が物に当た(って、よろけ)る。「敷居に―」
(二)〈(なにデ)―〉 途中で障害にあって失敗する。「人事問題で―」
这是已经是40年前夏天的事了。(那个时候)一本接着一本地读着太宰治的作品,完全沉浸在其世界当中。但是有一天,《东京生活》中出现了这样的一句“从疏散到地方生活中重返战后东京的我,好似不曾发生过什么依旧着每天的日子”。看到这儿,我读不下去了。
おびただしい人が死に、家を失った戦禍の街の営みを「何の事も無い相変らずの」とする語り口に違和感を覚えた。若い時分の勝手な読み方ではあったが、太宰への旅は、この「メリイクリスマス」の冒頭で、いったんは途切れた。
【違和感[2]】
しっくりしない感じ。また、ちぐはぐに思われること。「初めて会う人なのに―もなくうちとける」
对于众多的死亡,失去家园的战乱。对于这样的营生,竟然说是“不曾发生过什么一切依旧”,这种口吻让人觉得很不协调。虽说这是年轻时候很随性的读书方式,但是在读了《圣诞快乐》这文章的开头之后,我暂时放弃了追寻太宰治的作品。
この短編は、占領下の昭和22年、1947年の「中央公論」1月号に掲載された。昨日、図書館で手に取ってみた。茶色に色変わりし、古い本に特有のひなたくさい香りをまとっている。太宰が生きていた時に印刷された一冊かと思うと、「相変らず」のくだりも、その先の「この都会」を「馬鹿は死ななきや、なほらない」と語る段も、実際には聞いたことのない肉声を聞く思いがした。
にくせい[0]【肉声】
〔マイクロホンなどの機械を通した声と違って〕直接、人の口から出る声。
这部短篇,于占领下的昭和22年、1947年刊载在《中央公论》1月号杂志上。昨日,在图书馆里又将其拿在手中。书本已经发黄,散发出古旧书所特有的晾晒过的气味。一想起这可能是太宰治生前刊行的书籍,“一切如常”的段落及之前“将这座城市比作是无用的物事必须消亡”的段落,让我想起了好似听到了实际上从未直接听到过的声音。
同じ昭和22年1月の「群像」に、太宰は「トカトントン」を発表している。兵舎の前で敗戦の玉音放送を聞き、「死のう」と思った男が、背後から聞こえてくる音に気付く。金づちでクギを打つトカトントンという音が、それまでの悲壮も厳粛も一瞬のうちに消し去った。
ぎょくおん[0]【玉音】〔清らかな音声の意〕 天皇のお言葉。
也是在昭和22年1月刊行的《群像》中,发表了太宰治的「トカトントン」。在兵营前,听到了天皇关于战败的广播讲话。一个要寻死的男性,注意到了从背后传来的声音。那是用锤子敲打钉子所发出的咚咚咚的声音,(使得)那之前所有的悲壮与严肃在那一瞬都消失得无影无踪了。
確かに敗戦で日本は変わった。しかし、人間たちでつながっているこの世の営みは「相変らず」でもある。いつの頃からか、そう読むようになった。
确确实实战败改变了日本。但是因为人们而联系在一起的世界依旧。不知从何时起,我的理解已变成如此。
60年前の8月28日、連合軍の先遣隊が神奈川県の厚木飛行場に到着した。焦土の日本での占領の時代が始まった。
60年前的8月28日,联合国军的先遣部队抵达神奈川县的厚木机场。开始了废墟上日本的占领时代。