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编集手帐(2007-07-04)-有关原子弹的危险言论

来源:沪江部落 |  时间:2007-07-09 |  作者:冰城流星 |  [    ]  浏览:1720  [收藏]  [划词   ]
◆原爆に触れた文章をつづるたび、少年に読んでもらう。感想が返ってくることはないが、いつしか身についた習わしである

每次撰写涉及原子弹爆炸的文章,都拿给少年阅读。虽然没有感想反馈回来,但总有一天会感同身受。

◆「皮膚のない裸群」という山本康夫さんの詩がある。作者は爆風でばらばらに壊れた家のなかで、被爆した13歳の息子を看(み)取った。臨終の間際に、少年は父親にたずねたという。「お浄土には羊羹(ようかん)があるの? …戦争はないね」と


山本康夫有首名为《没有皮肤的裸群》的诗。作者在被原子弹气浪毁损得四分五裂的家里看守着被炸的13岁的儿子。据说在临终前的那一刻,少年这样问父亲、“极乐世界里有羊羹么?…不会有战争吧”。

◆長崎が選挙区の久間章生氏にも、胸のなかで草稿を読み聞かせる人がいたかどうかは知らない。米国の原爆投下に触れ、「あれで戦争が終わったという頭の整理で、しょうがないと思う」と発言した責任を取り、防衛相を辞任した

对于长崎选区的久间章生氏,其心里是否有聆听草稿的人我们不得而知。关于美国投下的原子弹,他说“那是为了结束战争所作的考虑,我认为这也是没办法的事”。他承担了如此发言的责任,辞去了防卫相一职。

◆サッカーの日本代表監督イビチャ・オシム氏の言葉を思い出す。祖国・旧ユーゴスラビアで内戦を経験した。戦争から学んだこともあったでしょう? 氏は答えている。たとえあっても、あったとは言わない。「何かを学べた意義を認めてしまえば、戦争が必要なものになってしまう」と

我想起日本足球队的主教练伊比奇亚.奥西姆氏所说的话。祖国.前南斯拉夫经历了内战,当被问道“从战争当中一定也学到了东西吧?”,先生回答,即使有也不会说有。“如果认同存在着能够学到什么东西的意义,那么战争就成为必要的了”。

◆原爆投下も同じだろう。戦争を終結に導いた意義を被爆国の側で少しでも認めてしまえば、「必要なもの」として歴史に再登場するのを許すことにもなりかねない。「しょうがない」に潜む危険である


投下原子弹也是一样的道理吧。如果被炸国一方多少认可它对于结束战争的意义,那么作为“必要之物”,这一历史的重新上演将极易得到容许。“没有办法”之中潜在着极大的危险。

◆辞任を「勇気ある英断」と称(たた)えた与党幹部の言葉もいかがなものだろう。少年よ。あなたには聞かせたくない。

将辞职标榜为“具有勇气的英明举止”,该执政党领导的言论究竟是何居心?少年啊,实在不想再让你听到了。

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(责任编辑:merrysue)

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