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「葉隠」は武骨な書物のようでいて、時折、思いがけない文章に出合う。「聞書第二」の条に、「恋の至極は忍ぶ恋と見立て候(そうろう)」とある。無上の恋とは、胸に秘めた片思いのことだと
《叶隐》似乎是一种粗俗的书籍,但偶尔会在上面碰到意想不到的文章。在“闻书第二”这一条里,有这样一句话:“将恋之极致看成偷恋”。意思是,至高无上的恋爱,就是藏在心底的单相思。
青春期は片思いの季節といわれるが、老いのなかで再び、その季節を知る人もいる。伴侶に先立たれた人が天上に寄せる思慕の情もまた、呼んで届かぬ「恋の至極」に違いない
青春期是一个被称为单相思的季节,但也有人在逐渐衰老的过程中,再次认识到这样一个季节。伴侣先逝的人寄予上天的思慕之情,肯定也是一种无法传递呼声的“恋之极致”。
今年3月、79歳で死去した作家、城山三郎さんの遺稿が見つかった。46年間を連れ添い、7年前に68歳で亡くなった妻、容子さんの面影がつづられている。「そうか、もう君はいないのか」。題名が心にあいた深い空洞を伝えている
今年3月,发现了79岁逝世的作家城山三郎的遗稿。上面写着与他共结连理46年,并在7年前逝世的68岁的妻子容子的音容笑貌。“是吗,你已经不在了吗?”题名透露出城山三郎心中深深的空洞。
「天から妖精が落ちて来た」と胸をときめかせた出会いを語り、がんと分かって、「大丈夫。おれがついてる」と抱きしめた悲しみを語る。「五十億の中で ただ一人『おい』と呼べるおまえ…」にあてたラブレターでもあろう
遗稿里讲述了他与她如同“妖精从天而降”一般让人心跳的相遇,也叙述了知道她罹患癌症后紧紧相拥的悲伤:“没关系。我陪着你”。这份遗稿也是寄给“五十亿人里只有一人可以叫我‘喂’的你……”的情书吧。
浜口雄幸、広田弘毅、石田礼助…男の人生を原稿用紙に彫り刻んできた城山さんは、菊池寛や吉川英治、松本清張などのいわゆる“男子専科”の系譜に連なる作家とみなされてきた。「女を書けない」と評されたこともあった
浜口雄幸,广田宏毅,石田礼助……在稿纸上刻画出男人人生的城三,被看成是一个名列菊池宽,吉川英治,松本清张等所谓的“男子专科”族谱之上的作家。也有评论说他“不会写女人”。
書けなかったのではあるまい。無上の恋を、「恋の至極」を書く対象は城山さんにとって、この世にたった一人しかいなかったのだろう。
并非是不会写。而是因为,至高无上的恋爱和“恋之极致”的对象,对于城三来说,这个世界上唯有一人而已。