最近の子供向けのマンガを見ていると、私は時折腹立たしくなる。
看到最近的儿童向漫画之后,我有时不由得无名火起。
マンガのキャラクターや関連した商品が市場に出てそれらが商売としてなりたっているのはまだ理解できる。それらはマンガが先に出来てそれに便乗するような形で商品化されているからである。
将漫画角色和相关的周边产品投放市场,进行买卖倒是还能理解。因为这些周边产品是搭着先前面世的漫画的人气的顺风车实现商品化的。
しかし、近頃の子供向けマンガでは、いかにもその商品を売り出す為に描かれているような印象を受けるマンガが存在する。マンガの中では主人公や登場人物がそれらの機械(玩具?)を使って戦うようなストーリーなのだが、常に子供たちに色々なカードを買わせて集めさせることでしか物語を共有できないシステムの中で果たして子供たちは夢を得られるのだろうか。
但是,在最近的儿童向漫画中,有的作品给人的感觉是为了卖周边而画出来的。漫画中的故事都是主角或出场人物使用着各自的机械(玩具?)来战斗,其故事情节让人只有时常购买收藏各种各样的卡片,不然大家就无法产生共同语言,在这样一种机制当中孩子们真能得到梦想吗?
このマンガが大人相手のものであれば、別に問題はないと思う。しかし子供相手では話は別である。子供たちのマンガの世界とは大人の思惑とは離れたいつも夢がいっぱいつまった世界だと思うからである。マンガとは、まだ世の中の事を知らない子供にとって、まるで自分たちの教科書のように、一生懸命になって、夢中になって、の世界に入り込んで、色々な事を覚えたり、感じたり、またそこから個々に夢が広がっていったりするものだ。
如果这类漫画的受众是大人的话倒是问题不大。但是其受众是孩子,这可就不能相提并论了。因为孩子们的漫画世界是和大人的想法相隔离的,是一个满溢着梦想的世界。所谓漫画,对于尚未涉足人世的孩子来说就如同教科书一般,他们会努力去阅读,热衷的去阅读,进入漫画的世界,学会和感受各种各样的事,由此孩子们那五彩缤纷的梦想开始萌芽并茁壮成长起来。
友達同士でマンガの話をしてみたり、憧れる主人公のマネをしたりして、そういう意味では、子供同士の大事なコミュニケーションの軸にもなる。そんな子供たちの大事な夢の世界の中に、大人たちの身勝手な欲望の渦が見え隠れしていることが良いこととは思えない。
和朋友谈论漫画的话题,模仿崇拜的主角,在这层意义上,漫画也是孩子们交往的一个非常重要的中心轴。在孩子们重要的梦想世界当中,混入了大人们自私的欲望,这种情况可不是人所乐见的。
確かに物を使って漫画の世界と一体化する傾向は、私たちが子供の頃から既にあったのかもしれない。魔法を使って呪文を唱えて変身するときに、なくてはならない道具が必ずあったり、空を飛べるようにマントがなくてはいけなかった。例え変身の道具がなくても、なんとか変身できていたし、マントがなくっても、おばあちゃんの風呂敷を借りて、工夫をしながらしっかり空を飛べていたような記憶もある。
确实,利用实物使得读者与漫画的世界一体化这种想法,可能从我们的孩提时代就已经存在了。念着咒文使用魔法变身的时候,肯定有必不可缺的道具,要在天空飞翔的话,斗篷也是必不可少的。即便没有变身的道具,也还是能想办法变身,即使没有斗篷,也可以借用婆婆的包袱皮,费点工夫就可以在天空自由翱翔,如此这般的记忆还残留着。
だが、今の子供たちはどうしているのだろうか?私たちの頃のように、なくても変身できたり、代用品が可能であれば良いのだろうが、ストーリー自体に次々と新しい物が必要となっている構成や、それらがなければ話にならないような展開では、きっとそうもいかないだろう。
但是现在的孩子们是怎么样一种情况呢?在我们小时候即便没有道具也可以变身,认为只要有代替的东西就可以了。现在的故事构成本身就在要求不断的出现新的东西,如果没有这些东西的话故事就不成立了,像这样一种展开,用我们那个时代的常识肯定是行不通的了。
友達と遊ぶときに持っていないと言えば、仲間に入れてもらえず、話にもついていけないだろう。またその物自体に価値がある場合(カード等)は、自分で手製するわけにもいかない。そんなことしても友達と交換はしてもらえないだろうし、むしろ大反感をかってしまう。
和朋友玩的时候,如果没有相应的东西的话,可能会被排斥,恐怕连话都说不上吧。另外如果该道具本身就有价值的话(卡片等),自己手工制作也是不行的。这样做的话朋友不会与你交换,说不定还会招来反感。
あまりにも商業が入り込みすぎてしまっている今の子供たちのマンガの世界に、せつなくもなり、また腹立たしく思った。子供向けとしてのマンガを考えるなら、ある程度は商業ベースのみを追求したアプローチと切り離して、考え直さなければならないのではないだろうか。
现在这个过度商业化的儿童向漫画世界简直让人喘不过气来,而且让人火大。考虑到作为儿童向的漫画的话,不是应该重新考虑,让其在一定程度上远离商业化吗?
「まず、商品を買いなさい」それだけではないマンガの世界があって欲しいと願っている。少なからず犠牲になっていくのは子供たち自身なのだから。
“首先请买周边产品”,我希望漫画的世界不仅仅是这样一种情况。因为这样一来牺牲的会是孩子们本身。